安田登先生「京都寺子屋 第3回目」御礼

安田登先生の京都 寺子屋 第3回目@瑞泉寺さま
お陰様で無事に終わりました。

当日は、テキストが足りなくなる程の、
沢山の方々がきて下さり、本当にありがとうございました。

升田学さんの針金による当麻曼荼羅の写仏、
中間報告の展示、最終日に行われた今回の寺子屋。

お題は、当麻曼荼羅にちなんで
折口信夫の「死者の書」ということで、
折口信夫さんが好きな私としては
何とも心踊るイベントでした。
(好きと言いましても、前回のブログに書きましたように、
 なかなか知識が追いつかずにお恥ずかしい限りではあるのですが。。。)

今回は、

・「死者の書」から一章の大津皇子の目覚めの場面。
(有名な、した、した、した、です)

・郎女が阿弥陀さまのお姿を二上山にみる場面。

・郎女が当麻曼荼羅を書き上げる場面。

の三つをやらせて頂きました。

今回は安田先生から朗読の指示も多く頂きまして、
言葉も随分と語らせて頂きました。
難しい言葉を、口が馴染むようにいうのに苦労しましたが、
口に出してみると折口さんの言葉は美しく、
その言葉を発せるしあわせを感じました。
しかし同時に、その言葉の意味を
芯からは理解しきれていないことも深く感じました。

元々好きで馴染んでいた小説であっても、
ひとまえで話すにあたり深く読もうとすれば、
否応無く自分の浅さを知ることができます。
本当に、素晴らしい機会を頂けて、感謝いたします。

また、ほんの少しではありますが、
昨夜の寺子屋の後、SNSにて今回の演目を見て、興味を持ち、
死者の書を購入したという言葉を拝見しました。
演者が既存の優れた作品をやる意味というのは、
本当に此処に尽きると思います。

これでまた、
死者の書の世界を心に留める人が少し増える。
そのことに、少しでも力を添えられたことが
とても嬉しく思います。

私はお寺や神社という神域とされる場所が
大変に好きですし、
人の世界よりも神話的な世界に心が寄り添います。
磐座がとても好きで、
一昨年は熊野の方に行くことが多かったので、
ゴトビキ岩や丹倉神社に行っては
巨大な岩から感じる神々しさにうっとりとしておりました。

死者の書では郎女は二上山の間に
阿弥陀如来さまの姿をみますが、
わたしの貧弱な人生経験から掘り起こしますと、
有無を言わさぬ圧倒的な神々しさというのは、
この、巨大な磐座や何千年も生きたご神木に対して
感じる、そういったものに通づるのでは、と、感じました。

けれども、それもやはり、
現時点でのわたしが感じることであり、
もっと深く読んでいけば、
また違う世界が見えるのかもしれません。
難解な小説は何よりその面白さがあります。

安田先生も、今後も死者の書を
と言ってくださっていますし、
わたしも自分なりの関係を、
死者の書と築いて行きたいと思います。

改めて「死者の書」が
深く長く、付き合っていきたい小説になりました。
また、多くの方とこの世界を楽しめる機会を頂けたらと思います。